在宅福祉事業の挑戦 第1期
昭和60年—平成11年
課題
- 高齢者の生活の障害 栄養 入浴
- 保健、医療、福祉の連携不足
- 福祉関係のスタッフ不足
- 最期まで家で暮らせない 施設 病院へ
- 貧しい年金暮らし
- 福祉への理解不足
- 高齢者の活躍の場不足
在宅福祉に取り組んだ昭和60年頃の泰阜村の高齢者の多くは国民年金であり、年金額が低く、衣食住のさまざまな場面で問題がありました。また行政側にも福祉や介護(当時は介護という言葉すらありませんでした。)の意識も低く、施策もほとんどない有様でした。当時は介護が必要になると家族介護(嫁介護)が当たり前の時代で、家族が介護できなくなると、高齢者本人が好むと好まざるとにかかわらず施設や病院で終末を迎えるという状況でした。
昭和60年から介護保険が始まる平成12年までの間は、人々の暮らし方、村の意識、感覚、組織への挑戦でした。
第1期の取り組み例 その1
- 保健、医療、福祉の連携s63 保健福祉グループを組織
- 介護等スタッフの増員 訪問 ホームヘルパー 訪問看護婦増員
- 訪問介護、看護、医療の充実
- 訪問入浴s59、配食s63、福祉用具貸与の開始
- 各種地域デイサービスの開始s63 リハビリ、認知症
- ケア付き住宅設置H4
- 短期入所施設H4、デイケア開始H4
- 介護用品支給事業H9
- 老人医療費s63、患者送迎無料化s59
- 福祉問題検討会開催H元
- ふるさと学習、野外体験の指導者
住み慣れた自宅での暮らしが続けられるように、昭和60年頃から平成11年までの間、村ではさまざまな取組みを行いました。
医師も保健師もヘルパー(当時は老人家庭奉仕員という名称でした)も事務職員も毎日毎日一つテーブルを囲み、情報やアイデアを出し合い課題をひとつひとつ解決していきました。
これらにより、平成11年ころには、本人が希望すれば終末まで在宅で暮らすことが可能になってきました。
第1期の取り組み 例 その2
保健福祉グループを組織
保健、医療、福祉の連携
福祉事業推進の障害 各部署連携不足
現場と役場(予算と権限)の意識のずれ
保健衛生グループ発足(保健、医療の統合) S62年
保健福祉グループへ発展的改組(保健、医療、福祉の統合)
保健、医療、福祉機能を診療所へ集中 S63年
情報をタイムリーに共有 事例に即対応
昭和60年頃の行政は、福祉や介護の意識も低い状況でした。そのため、医師や保健師、ヘルパーが直面する現場には、緊急に解決しなければならない多くの課題がありましたが、なかなか理解されず、福祉予算もつかないし、事業も進まない状況にありました。
そこで縦割りを改め、保健福祉グループを立ち上げました。保健、医療、福祉の機能をすべて診療所に集中し、医師、保健師、看護師、ヘルパー、村の福祉係が1つ部屋で情報を共有しながら、タイムリーに事業を進めることができるようになりました
第1期の取り組み 例 その3 介護スタッフの増員
- S59 医師1名 診療所看護師2名 保健師2名
老人家庭奉仕員 非常勤3名 - S60 在宅入浴ヘルパー採用 非常勤1名
- S62 訪問看護師導入 非常勤2名
- H元 訪問看護師 常勤化3名
ホームヘルパー 1名常勤化 3名非常勤 - H2 訪問看護師 常勤化4名 非常勤1名
ホームヘルパー 2名常勤化 2名非常勤 - H3 ホームヘルパー 4名常勤化 2名非常勤
在宅入浴ヘルパー3名 - H7 ホームヘルパー 7名常勤化 3名非常勤
- H8 ホームヘルパー 7名常勤化 4名非常勤
村の高齢者の皆さんが自宅で最期まで暮らし続けるために、往診もしてくれる在宅医療と在宅看護は欠かせません。また何より、高齢者の生活全般を支えるヘルパーが不可欠です。
しかし昭和60年当時はほんの数名のスタッフしかいませんでした。そこで村では、訪問看護師やヘルパーの増員をはかり、本人が望むなら今までどおり自宅での生活を続けることができるようになりました。
第1期の取り組み 例 その4 在宅福祉への理解不足
介護への意識
家族介護の時代・・嫁介護
ヘルパーの受け入れ拒む
周囲も否定的
根気よく説明、説得
福祉問題検討会開催
在宅福祉に取り組み始めた昭和60年頃は、日本全体がまだ高齢者福祉、介護などへの意識も低く、『嫁が家の年寄りを介護するのが当り前』という時代でした。
ヘルパーの派遣にも家族が抵抗を示したり、たとえ受け入れても周囲がそれに批判的だったりと、なかなか事業も進まない時もありました。
そこで村では、福祉問題検討会を開催し、事例発表や討論会を通して、高齢者福祉に関心を持ち、村民に理解してもらおうと努力してきました。
在宅福祉事業の挑戦 第2期
平成12年~いままで
在宅福祉推進の危機
- 介護保険スタート
- 利用料徴収 限度額の設定
- 老人医療制度改正
- 市町村合併
- 高齢者の意識の変化
村では、在宅福祉の理念を遂行するために3つの原則があります。「ノーマライゼーション」に象徴されますがこれは精神薄弱者福祉の理念から発していますが、村の高齢者の皆さんが、たとえ障害をもったり、寝たきりの状態になっても、最期まで自宅での生活を続けることができ、いままでと同じ生活が継続していくことができる村でありたいと考えます。また、自分の老後の在り方を自分自身で決定でき、それを村全体で支えられる村でありたいと思います。
第2期の取り組み 例 その1 介護保険関係泰阜村の独自施策
泰阜村の独自施策 (1)
介護保険利用料 自己負担分の肩代わり
利用料の1割を本人負担が負担しなければならない
国民年金受給者には大きな負担
自己負担分の6割を村が負担
平成12年から介護保険がスタートし、今まで村で行ってきたヘルパーの派遣事業や訪問看護、デイサービスなどが、介護保険のもとで提供されるようになりました。
村はそれまで無料でサービスを提供してきましたが、介護保険下では利用料を徴収しなければならないことになりました。しかし、サービスを受ける高齢者のほとんどが国民年金の受給者であり、年金全部を利用料に充てなければならないようなケースが想定されました。たとえば要介護5で限度額一杯のサービスを受けると、月々35000円の利用料を負担しなければなりません。国民年金でこれを負担していくことは、とても難しく、生活ができなくなってしまいます。
泰阜村では、必要なサービスを充分受けて、自宅で暮らし続けてほしいと願い、本人が負担しなければならない在宅サービスの利用料のうち、6割を村で負担しています。これで最高でも15000円くらいの利用料を負担すれば限度額一杯のサービスを受けられます。
泰阜村の独自施策 (2)
限度額上乗せ分全額村負担
介護度に応じた限度額設定されたが・・・
独居、老々介護世帯の高介護度者の介護費用
一日に5-6回の訪問介護+通所介護 約60-80万円/月
限度額超過分は全額村が負担
介護保険には、認定を受けた方の介護度に応じた限度額が設定されています。つまり、ひと月にその限度額までしかサービスを受けることができないということです。ですが、高齢者世帯や一人暮らしの方の中には、1日に5-6回の訪問介護で生活が支えられている方がいます。さらにデイサービスなどを組み合わせるとひと月の介護費用が60-80万円にも上ります。一番重い介護度は要介護5ですが、この限度額でも月に358,000円です。この限度額を超えてサービスを受けると、その分は全額自己負担しなければなりません。
泰阜村では、必要な介護サービスは充分に受けて、自宅で暮らし続けてほしいとの願いから、限度額を超えたサービスは全額村が負担することにしています。
第2期の取り組み 例 その2 老人医療制度改正 H14
高齢者医療費負担増
泰阜村診療所受診負担金 1回500円のみ
月4回まで負担 以後自己負担なし
受診送迎無料
老人医療制度は、長年の間に何回も改正が繰り返されてきています。無料だった時期もあり、また一律定額負担だった時期もあり・・・現在は概ね1割負担となっています。
しかし、1割といえど国民年金暮らしの高齢者に負担は大きく、時には本当に必要な治療さえ控えてしまう傾向さえ見受けられました。
そこで村内の70歳以上の方が泰阜村診療所に受診した場合、治療、検査、投薬など、どれだけの費用がかかろうとも、1回500円。残りは村が負担しています。また、送迎も無料で行っています。
第2期の取り組み 例 その3 市町村合併問題 H16
自立を選択 1800人の顔が見える行政
住民の身近なところで政策決定
平成10年代は日本全国で市町村合併が話題になりました。泰阜村も当時人口2000人程度。当然市町村合併について 行政、議会、村民あげてその方向性を探りました。結果として、自立の方向が決定され現在に至っていますが、その結果によっては、在宅福祉事業の継続が難し かったかもしれません。
現在人口1800余人ですが、一人一人の顔が見えることで、その人らしい生き方を支援できているように感じています。
第2期の取り組み 例 その4 高齢者の意識の変化
「在宅」への執着が薄れる
不安、寂しい、誰かと暮らしたい
泰阜村は離れたくない
「やすらぎの家」の設置
H14年度開設
住み慣れた村
限りなく在宅に近い終の棲家
泰阜村が在宅福祉事業を推進してきたのは、高齢者自身が自宅での生活の継続を望んだことに他ありませんでした。しかし、いつしか『寂しくて我慢できない』『もう自分の家でなくてもいいから誰かと暮らしたい』などの小さな声が聞こえ始めました。しかし、それは、都会に住む子供達のところで暮らしたいというのではなく、村は離れたくないが、自宅で一人では寂しいというものでした。
そこで村では、平成14年度『やすらぎの家』を建設しました。ここは、12部屋あり、プライバシーが保たれ、ドアから中は自宅と同じ感覚で使用していただく、高齢者住宅です。外出、外泊、家族や友達が泊まりにること、畑に出かけることすべて自由。
自宅からタンス、仏壇など持ち込みOK。自宅と同様ヘルパーの支援も受けられます。ドアを開ければ誰かの顔が見え、みんなで支えあって暮らしています。
在宅福祉事業の挑戦 第3期
泰阜村の在宅福祉を見つめなおす時
- 長寿の副産物
- 社会的介護と家族のあり方
- 施設志向への対応
- 高齢者の尊厳
その人らしく どう生きるか
地域福祉
地域での支えあい 地域社会での老いの受容
高齢者の知恵と生きがい
泰阜村が在宅福祉事業取り組んで長い時間が経過しました。さまざまな課題に直面し、解決法を見つけてなんとか乗り越えてきました。そして、時代の変化とともに、人々の暮らしのスタイルも考え方も大きく変化している中、また新たな課題が見えてきています。
ここからは、もう一度今までの在宅福祉のあり方を見直す、自分たち自身への挑戦かもしれません。